行政DXが問いかける「ITを定義しない」代償
2026-06-08
2026年7月、千葉県松戸市が市役所の窓口・電話の受付時間を短縮する。手続きのオンライン化などのDXを進めてきたことを踏まえ、職員の時間を企画や業務改善に振り向けるという。いわゆる「行政DX」の典型例だ。
一見すると、ただの便利化施策に映る。だが経営×ITの視点で見ると、ここには多くの中小企業が抱える「ITを定義しないことの代償」が凝縮されている。
行政DXの裏側にある「経営判断の空白」
市民にとって、松戸市の取り組みは「役所に行かなくて済む」というメリットがある。だがその裏には、「なぜ今までできなかったのか」という構造的な問題が潜んでいる。
多くの自治体では、IT導入の目的が「業務効率化」「市民サービス向上」といった抽象的な言葉で止まり、「何をどう変えるか」という具体的な経営判断が下されてこなかった。中小企業のIT戦略が「とりあえずクラウド導入」「とりあえずペーパーレス」と、目的のはっきりしないまま進む姿と完全に重なる。
松戸市のDXが進む理由には、首長のリーダーシップも職員の努力もあるだろう。しかし本質は、「ITを定義した」ことにあると考えられる。行政として「何のためにITを使うのか」をはっきりさせ、それに沿って予算とリソースを配分する。この「定義」があるかないかが、DXの成否を分ける最大の要因だ。
自治体も中小企業も、同じ過ちを繰り返す理由
松戸市のような先進事例が注目される一方で、多くの自治体や中小企業はIT導入に苦戦している。理由は単純で、「ITは専門家に任せるもの」という誤った前提が根強いからだ。
経営者や首長が「ITはよくわからないから、情シスやベンダーに任せよう」と考えた瞬間、ITの目的は「安定稼働」や「コスト削減」という狭い範囲に閉じ込められる。本来の「事業成長の手段」という役割は、そこで失われてしまう。
この問題は、先日発表された「情シス365」の動きにもはっきり表れている。中小企業向け情シス代行サービスの「情シス365」が、大手ベンダーからの乗り換え専用LPを公開したのだ。多くの中小企業が「機器販売起点のIT保守」に縛られ、IT戦略を考える余裕すら持てていない。その現状を打ち破ろうとする試みである。
「機器販売起点のIT保守」とは、サーバーやパソコンを買ったら、そのメンテナンス契約がITの中心になってしまう状態を指す。このモデルでは、ITの目的は「機器を動かし続けること」にまで縮んでしまう。経営者はIT戦略を考えなくてよく、ベンダーから提案された保守契約を更新し続ければ済む。経営がITを定義しない「楽な道」だ。しかしその代償として、IT投資のROIはいつまでも出ず、業務改善の機会を逃し続けることになる。
「情シス365」が示す、ITの目的の再定義
「情シス365」の乗り換えLPは、単なるサービスの切り替え提案ではない。そこには「ITの目的を再定義しよう」というメッセージが込められている。大手ベンダーの保守契約から抜け出すことで、企業は「なぜITを使うのか」をゼロから考え直す機会を得る。情シス代行サービスに切り替えれば、保守費用を見直しながら、IT戦略の相談やセキュリティ対策までカバーできる可能性がある。
この動きは、松戸市の行政DXと同じ構造を持っている。「従来のやり方を続けることのコスト」に気づき、「新しい目的のためにITを定義し直す」という経営判断が求められているのだ。松戸市が「市民の利便性向上」という目的のために行政手続きをオンライン化したように、中小企業も「事業成長」や「業務効率化」という具体的な目的を定め、それに見合ったIT投資を行うべきである。
ITを定義しない経営者が払う3つの代償
松戸市の事例と情シス代行の動きからは、共通の課題が見えてくる。経営者がITを定義しないことで、具体的に何を失うのかを整理しておこう。
1. IT投資の目的が分裂する
経営がITの目的を定義しないと、各部門がばらばらにツールを入れ始める。営業はSalesforce、経理はfreee、総務は勤怠管理システムと、それぞれが「自分たちの業務を楽にする」ために導入する。その結果、データは統合されず、経営全体の意思決定に使えない「サイロ化」が進む。自治体でも、各課が個別にシステムを導入した結果、連携が取れず二重入力が生じるという問題はよく聞かれる。解決するには、経営レベルで「どのデータをどう使うか」を定義するしかない。
2. 属人化が加速する
ITの目的が定義されていない組織では、「ITに詳しいから」という理由で、特定の社員や職員がシステムを抱え込むことになる。その人が退職や異動でいなくなれば、システムの運用は止まる。熱心な職員が個人的に構築したシステムが、その職員の異動後に使えなくなるという話は、自治体でも珍しくない。情シス代行サービスは、この属人化を解消する手段としても有効だ。専門家が定期的にチェックすることで、個人頼みの運用から組織としての運用へ移っていける。
3. 変化に対応できなくなる
ITを「保守」の対象としか見ていない組織は、環境の変化に弱い。インボイス制度や電子帳簿保存法への対応のように法規制が変わっても、システムをすばやく更新できない。松戸市が行政DXを進める背景には、国の「デジタル完結」方針がある。これに対応できない自治体は、市民サービスで後れを取るだけでなく、国からの補助金を受けられなくなるおそれもある。中小企業も同じだ。競合がDXを進める中で取り残されれば、顧客離れや取引条件の悪化を招く。
導入より先に「定義」する、3つのステップ
松戸市の事例と情シス代行の動きが教えてくれるのは、ITは「導入」より「定義」が先だということだ。具体的には、次の3ステップを踏むことを勧めたい。
ステップ1: 目的を言語化する
「なぜITを使うのか」を、経営者自身の言葉で定義する。「売上を20%上げるために顧客データを一元管理する」「残業を30%減らすために経理業務を自動化する」といった、具体的な目標にすることだ。抽象的な「業務効率化」で終わらせず、数字と期限を入れることが肝心である。
ステップ2: 現状を棚卸しする
今使っているシステムと保守契約を、すべて書き出す。そのうえで、一つひとつが目的に貢献しているかを評価する。貢献していないシステムがあれば、それが「機器販売起点のIT保守」の名残ではないかを疑ってみる。情シス代行サービスを使えば、この棚卸しを専門家に任せることもできる。
ステップ3: 投資判断の基準を作る
新しいITツールを導入するときの判断基準を決めておく。「投資回収期間は2年以内」「導入後6ヶ月で効果測定を行う」「データ連携が可能なツールのみ採用する」といったルールがあれば、目的のないツール導入を防げる。
まとめ: ITを「経営資源」として捉え直す
松戸市の行政DXと情シス代行の新しい動きは、どちらも「ITを定義すること」の重さを浮き彫りにしている。ITはもはや専門家に任せるものではなく、経営者が自ら定義すべき経営資源だ。ITを定義しないことは、それ自体が「現状維持」という経営判断であり、その代償は日々の非効率や競争力の低下として必ず表に出てくる。
あなたの会社のIT投資は、明確な目的に基づいているだろうか。それとも、ただの「保守契約」に縛られてはいないだろうか。ITの定義を見直すなら、今がその時だ。