「指揮者」不足が企業価値を蝕む

「社外取締役を3人置けばガバナンスは万全」。そう信じて、ひとまず知人や取引先の幹部を社外取締役に据えている経営者は少なくありません。

finance.biggo.jpに掲載された藤田勉氏のインタビュー記事は、こうした「数合わせ」のガバナンスに警鐘を鳴らしています。同氏は「日本はアクティビスト天国」と指摘したうえで、企業価値を決めるのは社外取締役の数ではなく「指揮者」の存在だと述べています。

この「指揮者」論は、中小企業のガバナンス設計にとって極めて重要な示唆を含んでいます。

数合わせの社外取締役が機能しない理由

オーケストラに例えると見えるガバナンスの本質

藤田氏の比喩を借りれば、企業はオーケストラのようなものです。バイオリン(営業)、トランペット(開発)、ティンパニー(経理)といった各セクションが自分の楽譜(業務)を完璧に演奏しても、指揮者がいなければ音楽(企業価値)は生まれません。

中小企業によくあるのは、この指揮者がいないまま、各パートが好き勝手に演奏している状態です。社外取締役を増やしても、彼らが指揮者として機能しなければ、監視役が増えただけで終わります。

経産省「ファミリーガバナンス・ガイダンス」が示す新しい道筋

この流れと並行して、経済産業省は「ファミリーガバナンス・ガイダンス」を公表しました。Sustainable Japanの記事によれば、同ガイダンスは「企業成長を促す」ことを目的とし、活用は任意とされています。

注目したいのは、このガイダンスが「ファミリー企業」に焦点を当てている点です。中小企業の多くは同族経営で、所有と経営が分かれていないケースが大半です。そこで問われるのが、まさに指揮者の役割です。

ファミリー企業の指揮者が抱えるジレンマ

同族経営では、創業者やその子孫が指揮者を兼ねることがよくあります。この場合、指揮者は「株主」「経営者」「家族」という3つの帽子をかぶることになります。

この3つの役割が噛み合わなくなったとき、ガバナンスは機能不全に陥ります。「家族の意向」が「経営判断」を歪め、「株主利益」を損なう。これがファミリー企業に特有のガバナンス課題です。

経産省のガイダンスは、このジレンマに対し、「ファミリーとしての価値観を明確にし、それを経営にどう反映させるか」という設計思想を示しています。求めているのは単なるルール遵守ではありません。指揮者がどんな理念でオーケストラを率いるのか、という問いです。

中小企業が今すぐ実践すべき3つのアクション

では、この指揮者論を自社のガバナンスにどう落とし込めばよいのでしょうか。私が50社以上のDX推進・ガバナンス改革を支援してきた経験から導き出した、具体的なアクションを3つ紹介します。

アクション1:社外役員に「指揮者」の資質を求める

社外取締役を「知り合いだから」「業界に詳しいから」という理由だけで選んではいけません。求めるべきは、オーケストラ全体を見渡し、各パートの音量バランスを整えられる力です。

具体的には、面談で次のような質問をしてみてください。

  • 「当社の事業ポートフォリオの中で、どの事業に経営資源を集中すべきだと思いますか?」
  • 「営業部門と開発部門の意見が対立した場合、どのような判断基準で調整しますか?」

こうした問いに、自社のビジョンと噛み合う形で答えられる人こそ、指揮者として機能する人材です。

アクション2:ファミリーの価値観を「憲法」として文書化する

経産省のガイダンスが示唆しているのは、ファミリーの価値観を「見える化」することの大切さです。具体的には、「ファミリー憲章」や「事業承継基本方針」といった形で文書にします。

この文書に盛り込みたい要素は次のとおりです。

  • 事業の目的(なぜこの会社を続けるのか)
  • 家族の関与の範囲(どのポジションまで家族が就くのか)
  • 利益の使い道(配当か再投資か)
  • 承継のルール(後継者の選定基準)

これらを決めていくプロセスそのものが、家族間の対立を未然に防ぐ「ガバナンスの練習」になります。

アクション3:定期的に「指揮者レビュー」を行う

年に1度、社外の第三者を交えて、「いまの指揮者はきちんと機能しているか」を評価する場を設けます。取締役会の自己評価とは違い、あくまで指揮者としてのCEOや社長の働きに焦点を当てます。

評価の観点は次のとおりです。

  • 各部門の意見を適切に調整できているか
  • 事業環境の変化を察知し、オーケストラ全体の方向を修正できているか
  • 株主(家族)の意向と経営判断のバランスが取れているか

このレビューを続けることで、指揮者の交代時期や、サポート体制を強める必要があるかどうかを判断できるようになります。

指揮者を育てる文化が企業価値を高める

藤田氏の指摘と経産省のガイダンスに共通するのは、ガバナンスは「仕組み」だけでなく「人」と「文化」の問題だ、という視点です。

企業価値を決めるのは、社外取締役の数でも、コンプライアンスマニュアルの厚さでもありません。組織全体を俯瞰し、調和を生み出す指揮者の存在です。

中小企業の経営者に求められているのは、この指揮者を育て、評価し、必要なら交代させる仕組みを、自社の規模に合わせて設計することです。

株高の陰で企業統治の質が問われる今こそ、数合わせのガバナンスから抜け出し、本物の「指揮者」の育成に投資すべき時ではないでしょうか。