データ説明不能が取引喪失に繋がる時代

日本企業のガバナンスに大きな変化が訪れています。2026年4月、企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)の改訂案が公表され、成長戦略についての説明責任がこれまで以上に重く問われることになりました。日刊工業新聞の報道によれば、改訂の背景には「企業が自らの成長戦略を具体的に説明できない」という課題があるといいます。

これまで中小企業にとって「説明責任」といえば、決算説明会や株主総会での報告が中心でした。しかし今回の改訂では、成長戦略をより具体的に説明することが求められます。これは上場企業だけの話ではありません。取引先や金融機関との関係においても、重みを増しつつあるテーマです。

「説明できない企業は取引で負ける」

ITmediaの記事で、名和氏は「説明できない企業は取引で負ける」と言い切っています。同氏は90日でデータガバナンスを実装する具体的な手法を紹介しており、その核は「データの棚卸し」と「説明できる状態の維持」です。

中小企業の経営者には、「データガバナンス」という言葉は聞き慣れないかもしれません。けれども中身はごくシンプルです。「自社のデータがどこにあり、どう管理され、どう使われているか」を説明できる状態にすること。これができなければ、取引先から「リスクがある」と見なされ、契約を打ち切られる可能性が高まっています。

実際、私が関わったある製造業のクライアントは、大手取引先から「データ管理体制の説明資料を提出してほしい」と求められました。この企業はそれまで、紙の管理とExcelでの簡易的なデータ管理で回していました。結局、取引先の要求に応えられず、新規案件の獲得に大きな支障が出てしまいました。

データを説明できないことで生じるリスク

データを説明できない状態が続くと、次のようなリスクが表に出てきます。

  • 取引先からの信頼喪失による契約解除
  • 金融機関からの融資審査での評価低下
  • 自社の経営判断の質の低下
  • 法令違反の発見遅れによる罰則リスク

とりわけ中小企業は、大手と比べてデータ管理体制が弱いことが多く、取引先の要求に応えきれないケースが少なくありません。「ガバナンスの格差」が取引の可否を左右する時代が来ているのです。

AI時代のブラックボックス化という死角

日本経済新聞は、AIが差配する広告市場で「ブラックボックス化」が進み、詐欺の温床になっている実態を報じました。AIが自動で広告配信を最適化する仕組みには、人間の目に見えにくい形で不正が起きるリスクが潜んでいます。

これは広告業界に限った話ではありません。AIを業務に取り入れる中小企業が増えるなかで、AIの判断プロセスを説明できない「ブラックボックス」状態が広がっています。AIを使った顧客分析や在庫管理システムを入れたものの、なぜその判断が出たのかを説明できない。まさにガバナンス上の重大な死角です。

企業統治指針の改訂が求める説明責任は、AIの判断プロセスにも及びます。自社でAIを使っているなら、その判断根拠を説明できる体制を整えることが、これからは必須条件になるでしょう。

ウルフパック戦術が突きつける株主ガバナンスの課題

日経ビジネス電子版が報じた、地盤調査を手がける上場企業SAAFホールディングスをめぐる経営権争いは、株主ガバナンスの新しい課題を浮かび上がらせました。複数の投資家がひそかに協調して株式を買い集める「ウルフパック戦術」が、企業の経営を揺るがしうることを示した事例です。

特に注目したいのは、会社側が、元社長を含む株主らが協調して株を買い集めたと主張している点です(元社長側は否定しています)。かつて経営の内側にいた人物と外部投資家の連携が疑われる構図は、ガバナンス上の重大な問題になりえます。中小企業でも、創業家と外部株主のあいだに同じ構造が生まれるおそれがあります。

この問題の根っこにあるのも、「説明できないこと」が株主との対立を生むという構図です。経営戦略やデータ活用の方針をはっきり説明できなければ、株主は「何か隠しているのではないか」と疑います。その結果、ウルフパック戦術のような攻撃的な株主提案の標的になりやすくなるのです。

中小企業が今すぐ取るべき3つのステップ

では、中小企業の経営者は何をすればよいのでしょうか。次の3つのステップを提案します。

ステップ1:データの棚卸しを90日で終える

名和氏の手法を参考に、まず自社のデータを棚卸しします。対象は次の4つです。

  • 顧客データ(氏名、連絡先、購入履歴など)
  • 取引データ(発注、納品、請求、支払い)
  • 従業員データ(給与、勤怠、評価)
  • 経営データ(売上、利益、キャッシュフロー)

それぞれについて、「どこに」「どんな形式で」「誰が管理しているか」を一覧にします。この作業だけでも、自社のデータ管理体制はかなり見えるようになります。

ステップ2:説明責任の基準を決める

企業統治指針の改訂を踏まえ、自社としての説明責任の基準を決めます。具体的には、次の問いに答えられる状態をつくります。

  • 「なぜこのデータを収集しているのか」
  • 「データはどのように保護されているのか」
  • 「データの利用範囲はどこまでか」
  • 「AIを導入している場合、判断根拠は説明できるか」

答えられない問いがあれば、それがガバナンス上のリスクです。改善の優先順位を決めて手を打ちましょう。

ステップ3:取引先との情報共有の仕組みを設計する

取引先から説明を求められる前に、自ら進んで情報を開示する姿勢が大切です。たとえば年1回「データガバナンスレポート」をまとめ、主要な取引先と共有する。それだけで取引先からの信頼を得られます。

実際、ある情報サービス企業では、このレポートをきっかけに取引先との関係が深まり、新規案件の獲得につながった例があります。説明責任は「守り」ではなく、「攻め」の経営ツールとして使えるのです。

まとめ:説明できない企業は淘汰される

企業統治指針の改訂、データガバナンスの重要性の高まり、AIのブラックボックス化、株主ガバナンスの複雑化。これらの動きはすべて、「説明責任」という一点に行き着きます。

中小企業の経営者にとって、これは遠い世界の話ではありません。取引先は「説明できる企業」を選び、金融機関は「説明できる企業」に融資し、優秀な人材は「説明できる企業」に集まる。説明責任を果たせるかどうかが、企業の存続を左右する時代になったのです。

まずは今日、自社のデータの棚卸しから始めてみてください。90日後には、説明責任を果たせる企業として、新しい取引の扉が開いているはずです。