ホールディングス化で「戻れる」承継を設計する
2026-04-28
事業承継を考えるとき、多くの中小企業経営者がまず思い浮かべるのは「特例承継制度」ではないでしょうか。相続税や贈与税の納税を猶予してくれるこの制度は、確かに有効な手段です。ただし期限付きの制度で、特例承継計画の提出期限や適用期限が定められています(2026年10月時点では、計画の提出期限が2027年9月30日、適用期限が2027年12月31日)。
ただし、この制度には大きな落とし穴があります。「戻れない」ことです。特例承継制度を適用すると、承継後の一定期間内に事業を譲渡したり株式を売却したりした場合、猶予されていた税金が一気に課税されます。後戻りが極端に難しくなるのです。
そこで注目したいのが、ホールディングス化による「抜本的株価圧縮」と「組織再編戦略」です。特例承継制度に頼らず、しかも「戻れる経営」を実現する手法として、最近関心を集めています。
特例承継制度に頼らないという選択肢
なぜ株価圧縮が「戻れる」のか
ホールディングス化の本質は、事業会社の上に持株会社を置くことで、株式の価値を圧縮できる点にあります。
具体的には、事業会社が持つ含み益のある資産(不動産や知的財産など)を別会社に移し、事業会社の株価を純粋な事業価値に近づけます。こうすることで、承継時の株式評価額を引き下げられる場合があります。ただし、持株会社の資産の大半が株式になると「株式保有特定会社」として純資産価額で評価され、思ったほど評価額が下がらないこともあります。資産構成と評価方法は、税理士と事前に確認しておく必要があります。
ここで大事なのは、この手法が可逆的だということです。特例承継制度のように「一度適用したら戻れない」わけではなく、ホールディングス化は段階的に進められます。途中で「やはりやめよう」となれば、元の状態に戻すことも理論上は可能です。
もちろん、完全に元どおりにするにはコストがかかります。それでも、「戻れない」状態と「戻れるがコストがかかる」状態とでは、経営判断の自由度がまるで違います。
組織再編の「実験」としてのホールディングス化
「戻れる経営」では、すべての経営判断を「実験」として捉えます。ホールディングス化も例外ではありません。
ホールディングス化には、承継対策のほかにも複数のメリットがあります。
- グループ全体の資金管理の効率化
- リスクの分散(一つの事業が失敗しても他に影響しにくい)
- 事業ごとの意思決定の迅速化
- 後継者への段階的な権限移譲
これらのメリットを受け取りながら、同時に「合わなければ戻す」という選択肢を残しておく。これが「戻れる経営」の本質です。
失敗を前提にした設計が、成功を呼ぶ
私が支援したある製造業では、経営者が「ホールディングス化に失敗したらどうしよう」と悩んでいました。
そこで提案したのが、「まず子会社を一社だけつくり、半年間運用してみる」という方法です。いきなり完全なホールディングス化をするのではなく、部分的な実験から始めたのです。
結果、その子会社は想定以上に業績が良く、経営者も「これならいける」と確信して、本格的なホールディングス化に踏み切りました。
もし半年間の実験で問題が出ていれば、子会社を閉じて元の状態に戻せばよかったのです。実際、その経営者は「実験として始めたから、プレッシャーが少なかった」と話していました。
ホールディングス化にも「戻れない」ポイントがある
とはいえ、ホールディングス化にも「戻れない」要素はあります。前もって把握しておくことが重要です。
税務上の制約
ホールディングス化に伴う株式移転や会社分割には、税務上の優遇措置があります。しかし、これらの措置を適用したあとで元に戻そうとすると、かえって大きな税金がかかるケースがあります。
とくに、適格株式移転の要件を満たすために複雑なスキームを組んだ場合は、後戻りが難しくなることがあります。
取引先との関係
ホールディングス化によってグループ全体の信用力は上がる一方、個々の事業会社の信用力は下がるおそれがあります。取引先によっては「持株会社の保証がないと取引できない」と言われることもあります。
そうなると、元の状態に戻すには取引先との関係を組み直す必要があり、簡単ではありません。
従業員の心理
組織再編は、従業員に不安を与えます。「会社の形が変わる=自分の立場が危うくなる」と受け止める人も少なくありません。
一度ホールディングス化したあとで元に戻すと、「この会社は方針が定まらない」という印象を与え、優秀な人材の流出を招くリスクがあります。
「戻れる」ホールディングス化の設計手順
では、「戻れる」ホールディングス化は具体的にどう設計すればよいのでしょうか。次の手順を参考にしてください。
第一段階:現状の把握と目的の明確化
まず、自社の現状を正確に把握します。資産の含み益、事業ごとの収益性、後継者の有無や力量など、客観的なデータを集めましょう。
そのうえで、ホールディングス化の目的をはっきりさせます。「承継対策」「事業の多角化」「リスク分散」など、目的によって最適なスキームは変わります。
第二段階:部分的な実験
いきなり全面的なホールディングス化に踏み切るのではなく、まず一部の事業や資産だけを子会社化してみます。
この段階で欠かせないのが、評価期間の設定です。「半年後に見直す」「業績が〇〇%改善しなければ戻す」など、撤退条件をあらかじめ決めておきます。
第三段階:本格導入と可逆性の確保
実験の結果を踏まえて本格的なホールディングス化に進むなら、可逆性を確保する仕組みを組み込みます。たとえば次のような方法です。
- 株式の買戻しオプションを設定する
- グループ内の取引条件を柔軟に変更できるようにする
- 定款に組織再編の手続きを明記する
こうした仕組みがあれば、万一「やはり戻したい」となったときも、スムーズに移行できます。
まとめ:承継はゴールではなくスタート
事業承継は、経営の終わりではなく新たな始まりです。だからこそ、「戻れる」選択肢を残しておくことが大切です。
特例承継制度は便利ですが、一度適用すると後戻りが難しくなります。一方、ホールディングス化による株価圧縮と組織再編は、段階的に進められ、可逆性も確保しやすい手法です。
経営判断は、外れることを前提に設計する。これが「戻れる経営」の核心です。
いま事業承継で悩んでいるなら、まず「戻れる」選択肢から考えてみてください。特例承継制度に飛びつく前に、ホールディングス化という「実験」を始めてみてはいかがでしょうか。