「熱い」禁止の本質、コンプラが奪う判断力
2026-06-06
お笑いタレントの出川哲朗さんが、テレビ業界のコンプライアンスが厳しくなった現状について「『熱い』って言わないでくださいって言われた」と明かし、話題になっています。「熱い」という言葉すら使えなくなった現場の空気を、自身のラジオ番組で語ったものです(出典:ニコニコニュース)。
一見すると笑い話です。しかしこれは、中小企業のガバナンスにも深く関わる問題です。コンプライアンスが「過剰」になると、現場の判断力が奪われ、組織の成長エンジンが止まってしまう。今回はその構造を一緒に考えてみましょう。
コンプラが「禁止」に変わるとき
テレビ業界で起きているのは、コンプライアンスが「リスク回避」から「言葉狩り」へ変わってしまった状態です。「熱い」という発言がやけどや事故を誘発しかねない、と懸念して禁止したのでしょう。しかし、この判断には根本的な誤りがあります。
コンプライアンスの目的は、事業目的を達成することにあります。テレビ番組の目的は、視聴者に楽しさや感動を届けることです。「熱い」という言葉で場を盛り上げるのは、むしろその本質に沿った行為です。禁止すれば、番組の魅力は確実に落ちます。
中小企業でも、同じことが起きています。「クレームが怖いから新しいサービスはやめよう」「過去にトラブルがあったからこの取引は禁止」「法律にグレーゾーンがあるから企画ごと却下」。こうした「0か100か」の思考が、気づかないうちに組織の可能性を狭めているのです。
禁止の連鎖が「思考停止組織」を生む
私が支援したある中小企業では、総務部長が「コンプライアンス強化」を掲げ、全社員に「〇〇してはいけない」という禁止事項リストを配りました。中身は次のようなものです。
- お客様への過剰なサービス提供の禁止
- 仕入先との飲食を伴う会合の禁止
- SNSでの会社名使用の禁止
一見すると安全そうです。ところがこの会社の売上は、半年で15%減少しました。現場が「何をしても怒られる」と萎縮し、新しい提案も顧客対応の工夫も、まったく出てこなくなったからです。営業担当者は「お客様から食事に誘われても断るしかない」と嘆いていました。
これが「コンプライアンスの暴走」です。ルールは現場の行動を制限することでリスクを減らしますが、同時に創造性や機動性も削ります。そのバランスを誤ると、組織は「安全だけれど何も生み出せない」状態に陥ります。
答えは「1〜99」のリスク設計
では、どうすればよいのか。答えは、編集方針にもある「1〜99のリスク設計」です。
「熱い」という言葉で考えてみましょう。この言葉にリスクがあるのは確かです。やけどをした人の前で「熱い」と言うべきでない場面もあるでしょう。しかし、すべての「熱い」を禁止するのではなく、次のように条件を決めるのが正しい設計です。
- やけどや事故の可能性がある現場では「熱い」の使用を控える
- スタジオ収録など安全が確保された場面では「熱い」を自由に使う
- もし使う場合は、周囲に危険がないことを確認するルールにする
リスクを0にしようとすれば、「熱い」を完全に禁止するしかありません。しかしリスクを許容範囲に収めればよいのなら、場面や条件で使い分ければ済みます。これが「1〜99」の考え方であり、この柔軟さこそが現場の判断力を殺さない秘訣です。
中小企業が今日からできる3つのこと
1. 「禁止リスト」を「条件付き許可リスト」に変える。いまの社内ルールを点検し、「〇〇してはいけない」を「〇〇する場合は、△△の条件を満たすこと」へ書き換えてください。たとえば「仕入先との飲食禁止」を「仕入先との飲食は、事前に上司の承認を得て、1人5,000円以内とする」に変える。これだけで、現場の自由度は格段に上がります。
2. 判断の「可逆性」を意識する。「熱い」を使うかどうかは、後から「やっぱりやめよう」と戻せる判断です。これが「可逆性が高い」判断です。一方、新工場の建設は簡単には戻せません。コンプライアンスのルールは、可逆性の高い判断ほど緩く、低い判断ほど厳しくするのが原則です。この基準で、ルールを見直してみてください。
3. 現場に「判断の理由」を求める。「なぜその判断をしたのか」を言葉にする習慣をつけましょう。私のクライアントには、毎朝の朝礼で「今日、あえてリスクを取るとしたら何か?」を一人一言ずつ発表している企業があります。続けるうちに、社員は「リスクを取ること」と「禁止されること」の違いを理解しはじめます。
ガバナンスは「守り」ではなく「設計」である
出川さんの話は、「過剰なコンプライアンスは現場を殺す」というシンプルな真実を教えてくれます。中小企業の経営者が目指すべきは、「ルールで縛る組織」ではなく「判断力のある組織」です。
コンプライアンスは、事業目的を達成するための道具です。道具そのものが目的になり、本来の事業を妨げているなら、それは設計ミスにほかなりません。今日から、自社のルールを「0か100か」から「1〜99」の設計へ変える一歩を踏み出してください。
現場から「熱い」を奪うのではなく、適切に「熱く」なれるように設計する。それが、これからの中小企業に求められる本当のガバナンスです。