内部通報を「飾り」にしない設計術
2026-06-04
2024年、みちのく記念病院を運営する医療法人「杏林会」が5回目のコンプライアンス委員会を開き、内部通報規程に外部の通報窓口を明記することを決めたと報じられました(TBS NEWS DIG)。一見すると、コンプライアンス強化の正しい方向に見えます。
しかし、中小企業の経営者が考えるべきは、外部窓口を置くこと自体ではありません。その窓口が実際に機能するための設計です。
多くの中小企業で、内部通報制度は形骸化しています。社内に投書ポストを置いても誰も使わない。外部に委託しても通報はゼロのまま。「制度はあるが機能していない」という、典型的なガバナンスの死角です。
杏林会の事例は、医療法人という公共性の高い組織が、再発防止のために外部の目を入れた点では評価できます。ただ、中小企業がここから学ぶべきは「外部窓口を置く」という手段ではなく、通報者が安心して使える環境をどう設計するかという本質です。
通報を阻む3つの壁
私がこれまで支援してきた中小企業でも、内部通報制度の導入率は高いのに、実際の通報件数は年間0〜1件というケースがほとんどです。これは「不正がない」のではなく、「通報できない」状態です。
通報しようとする人の前には、大きく3つの壁があります。
1つ目は「報復への恐怖」です。「上司に知られたら評価が下がる」「告げ口したと思われる」という不安が、通報をためらわせます。
2つ目は「匿名性への不信」です。「本当に身元がばれないのか」という疑いが、制度への信頼を損ないます。
3つ目は「変化への諦め」です。「通報しても何も変わらない」という経験や噂が、次の通報を妨げます。
外部窓口を置けば、このうち「匿名性への不信」はある程度和らぎます。しかし、報復への恐怖や変化への諦めは、外部窓口だけでは解消できません。
中小企業が実装すべき4つの具体策
経営トップの姿勢を見える形で示す
内部通報制度が機能するための最大の条件は、経営者が「通報を歓迎する」と明言し、その姿勢を行動で示すことです。
たとえば、定期的な全社集会で「不正を見つけたら必ず通報してほしい。通報した人が不利益を被ることは絶対にない」と繰り返し伝えます。さらに、実際に通報があったときの調査の流れや結果を、個人が特定されない範囲で共有します。そうすることで、「通報すれば変わる」という実感が社内に生まれます。
通報ルートを複数用意する
外部窓口だけ、内部窓口だけでは足りません。両方を用意し、通報者が自分に合ったルートを選べるようにします。
中小企業では外部窓口のコストが気になるところですが、弁護士事務所や社労士事務所と年間契約を結べば、月額1〜3万円程度から導入できます。社内にコンプライアンス担当者がいなくても、外部窓口があれば最低限の機能は確保できます。
通報後の流れを明文化する
通報があったあと、誰が、どのように調査し、いつまでに結果を報告するのか。これが決まっていないと、通報者は「闇に葬られる」と感じます。
「通報から1週間以内に受領確認」「30日以内に調査完了」「調査結果を通報者にフィードバック」といった具体的な期限を、規程に盛り込みましょう。中小企業は大企業のような専門部署を持てませんが、スピードと透明性で補うことができます。
制度の効き目を定期的に確かめる
杏林会のようにコンプライアンス委員会を定期的に開き、通報制度の実効性を評価します。見るべきは「通報件数」ではなく、「通報後の改善率」や「通報者の満足度」です。
通報が0件の期間が続くなら、それは「制度が機能していない」サインかもしれません。社員アンケートで「通報したいと思ったができなかった」という声を拾えば、制度の改善点が見えてきます。
「飾り」から「武器」へ
内部通報制度は、ガバナンスの「最後の砦」です。不正を早く見つけ、被害を最小限に抑えるための大切な仕組みです。
ただし、制度を作るだけでは意味がありません。肝心なのは、通報者が「この制度なら安心して使える」と信頼できるかどうかです。杏林会の事例も、外部窓口の明記という「形」を整えたにすぎません。本当に機能するかどうかは、これからの運用にかかっています。
中小企業の経営者に求められるのは、「制度を作った」という自己満足に陥らず、実効性を検証し続ける姿勢です。通報制度は「飾り」ではなく、企業を守る「武器」として設計すべきものです。
今日からでも、自社の内部通報制度を見直してみてください。社員は本当に使えると思っているか。通報後の流れははっきりしているか。経営者は通報を歓迎する姿勢を示しているか。
この問いに正面から向き合うことが、ガバナンスを「守り」から「設計技術」へと進化させる第一歩です。