自己調整力が戻れる経営を決める

「なぜ、あのときあんな判断をしてしまったのか」

経営者なら誰しも、悔やまれる決断を経験しているはずです。私もコロナ禍で取締役を務めていたとき、売上高が前年比70%減という緊急事態のなかで、冷静さを欠いた判断を下しかけたことがあります。

幸い、そのときは「いったん止まろう」という声がかかり、最悪の事態は避けられました。では、経営判断はなぜ失敗するのでしょうか。

失敗の根には「思考の監視」の欠如がある

この問いに、GTF株式会社が発表したプレスリリースが興味深い示唆を与えています。同社は、Facioneが提唱する「6コアスキル」のうち、最も軽視されがちな「自己調整」の能力こそが、経営判断の成否を分けると指摘しています。

自己調整とは、自分の思考プロセスを客観的に監視する力のことです。まさに「戻れる経営」の根幹にかかわる能力と言えます。

自分の思考を監視できないと、何が起きるか

GTFの発表は、自己調整の不足が招く経営判断の失敗を、「判断硬直型」「過去縛り型」「同調型」「過信型」の4つの類型に整理しています。ここではそのうちの「過信」と、これと関わりの深い「確証バイアス」の二つを、私の実務経験も交えて解説します。

過信:成功体験が判断を歪める

一つ目は「過信」です。過去の成功体験が、いまの状況の認識を歪めてしまうケースです。

あるクライアント企業では、かつて成功した新規事業の立ち上げ手法を、まったく異なる市場環境にそのまま当てはめようとしていました。社内を支配していたのは、「前回も成功したから」という楽観論です。

結局、その事業は市場の変化に対応できず、撤退に追い込まれました。「自分の成功体験を疑う」という自己調整が働いていれば、違う結果になっていたかもしれません。

確証バイアス:都合のいい情報だけを集める

二つ目は「確証バイアス」です。自分の仮説を支持する情報ばかりを集め、反証には目をつぶってしまう傾向を指します。

私自身、マレーシア法人を設立したとき、現地の規制リスクに関する警告を「大丈夫だろう」と軽く見たことがあります。その結果、撤退コストが膨らみ、大きな損失を被りました。

あのとき自分の楽観的な予測を疑い、リスク情報を積極的に探しにいけていれば、進出判断の可逆性はもっと高められたはずです。

自己調整は鍛えられる

自己調整の能力は、生まれつきの才能ではありません。訓練で身につけられるスキルです。経営判断の可逆性を高めるための、具体的な方法を三つ紹介します。

「撤退条件」を先に決める

自己調整を働かせる最も簡単な方法は、新しい事業や投資を始める前に「撤退条件」を決めておくことです。

「3ヶ月で月商100万円に届かなければ撤退」「半年で黒字化の目途が立たなければ事業譲渡」。こうした具体的な基準を置いておけば、感情に流されず、客観的に判断できます。

私がEYS-STYLEでコロナ危機に対応したときも、この考え方が役に立ちました。全事業を見直し、「この条件を満たせなければ撤退」という基準を先に決めておいたことで、素早く、しかも冷静に判断できたのです。

「反証」を探す時間を取る

重要な判断の前には、「自分の考えが間違っている可能性」を探す時間を必ず取りましょう。

たとえば新規事業の計画書を書き上げたら、あえて「この事業が失敗する理由」を10個書き出してみる。そこから現実的なリスクを洗い出し、対策を考えます。

この作業そのものが、自分の思考を監視する訓練になります。最初は抵抗を感じるかもしれませんが、繰り返すうちに自然と身についていきます。

「第三者」の視点を借りる

とはいえ、自分一人で自己調整を続けるのは難しいものです。だからこそ、社外のアドバイザーや他社の経営者との対話が欠かせません。

私はクライアントに、四半期に一度、経営判断を振り返るセッションを設けるよう勧めています。過去の判断を「もしやり直せるなら、どうするか」という観点で検証するのです。

この習慣が自己調整の力を育て、組織全体で「戻れる経営」を実現することにもつながります。

自己調整は組織でも培える

自己調整は、経営者個人だけでなく、組織全体で培うべき力でもあります。

たとえば、KDDIやみずほFGなどのリーダーが集まったアトラシアンのカンファレンスでは、AI活用と組織変革が議論されました。こうした場で自社の判断を客観視する視点を得ることは、自己調整のよい機会になります。

開発生産性を経営資産として捉える「AI時代の開発資本」プロジェクトも、自己調整と親和性の高い取り組みです。自社の開発プロセスを客観視して改善点を見つける姿勢は、まさに組織レベルの自己調整と言えます。

まとめ:戻れる判断は「思考の監視」から始まる

経営判断の失敗は、情報不足や分析ミスよりも、自分の思考を監視できていないことから生まれる場合が多い。GTFのプレスリリースは、この点を鋭く突いています。

「戻れる経営」を実践するために、次の3つを習慣にしてください。

  1. 撤退条件を事前に決める
  2. 反証を探す時間を設ける
  3. 第三者の視点を定期的に借りる

この三つの習慣が、あなたの経営判断に可逆性をもたらします。失敗を恐れるのではなく、失敗しても戻れる仕組みを作る。その第一歩が、自己調整の力を高めることなのです。