「夏のゴルフ場」と「ヤクザの葬儀」に学ぶ、戻れる組織の条件
2026-03-03
千葉のゴルフ場が、猛暑でも「営業を止めない」ための具体策を探っている。一方の山口組では、かつて除籍処分を下した張本人が、その相手の葬儀に弔問に訪れた。レジャー産業の事業継続と、特殊な社会組織の人間関係。まったく次元の違う二つのニュースだ。
ところが、この二つを「戻れる経営」のレンズで見ると、驚くほど共通する核心が見えてくる。環境の激変(猛暑/社会環境の変化)に対して、過去の決定や関係性を絶対視せず、状況に応じて「戻れる」余地を残しているかという点である。
ゴルフ場は、「夏は客が来ない」という過去の固定観念、いわば一つの決定に縛られて営業を止めるのではなく、設備投資やサービス設計で「戻れる」選択肢を増やそうとしている。山口組の事例は、「除籍」という最も重い組織的決定を一度は下した関係でも、時と場合によってはその硬直性が緩みうることを示している。
中小企業の経営でも、この「決定の硬直性」こそが最大のリスクだ。採用した人材、導入したシステム、始めた事業、断った取引。それらを「後戻りできない決定」にしてしまった瞬間から、組織は環境の変化に適応する力を失い始める。
「営業を止めない」の裏にある、小さく可逆的な実験
千葉テレビの報道によれば、ゴルフ場は猛暑対策として、ミストシャワーや休憩所の充実、早朝・夕方の時間帯割引などに取り組んでいる。これは単なるサービス改善ではない。これまで採算が合わないと「決定」されていた夏場の営業という事業モデルを、小さな「実験」の集まりとして定義し直す動きと言える。
ミストシャワーを設置するのは、一つの実験だ。効果がなければ撤去すればいい。時間帯割引を試すのも実験である。客単価が下がりすぎれば、元の料金に戻せる。肝心なのは、「夏場もフル営業する」という大きな決定をいきなり下すのではなく、それを可能にする小さく可逆的な判断を積み重ね、実態を観測している点だ。
多くの中小企業が陥る罠は、たとえば「新事業を始める」という大きな決定に、莫大な先行投資と人員の固定を抱き合わせてしまうことだ。一度始めれば、データが悪くても「ここまで投資したから」と撤退できなくなる。ゴルフ場のやり方は逆である。大きな目標(夏の営業)のために、撤退条件のはっきりした小さな投資(実験)を繰り返し、全体のリスクを分散させて可逆性を保っている。
評価期間を設け、観測すべきポイント(来場者数、熱中症リスクへの声、収益性)を明確にし、うまくいかなければ個別の施策をやめる。このプロセスそのものが、「戻れる経営」の実践の形だ。
「除籍」という絶対的な決定に残された「余白」
もう一つの山口組の事例は、よりドラマチックだが、組織論として極めて示唆に富む。一般的な企業組織で「懲戒解雇」や「除籍」に近い決定が下されれば、それは通常、後戻りのきかない絶対的な関係の断絶を意味する。一度そうなれば、元の関係に戻ることはまずない。
このニュースが注目されるのは、「除籍」という形式的・制度的な決定が、人間関係や組織の記憶のすべてを塗り替えるわけではないという現実を浮かび上がらせたからだ。葬儀という非日常の場面では、過去の決定の枠組みを超えた振る舞いが可能になる。
これを一般企業の文脈に置き換えると、「人は役職や雇用契約で完全に定義されるわけではない」という、当たり前なのに忘れがちな原則になる。あるプロジェクトで失敗したからといって、その人とのすべての接点を断つ必要はない。一度「不採用」と判断した人材が、数年後にまったく別の形で協力者になることもある。
「戻れる経営」の基本原理の一つに、「人ではなく、業務を見る」というものがある。この原理で山口組の事例を読み解けば、「除籍」は特定の業務、つまり組織内での役割からの解任であって、一個人との全人的な断絶ではなかったのかもしれない。この事例は逆説的に、個人と業務(役割)を過度に固定せず、状況に応じて定義し直す余地を、公式・非公式を問わずどこかに残しておくことの大切さを教えてくれる。
決定を硬直させる「3つの正体」
ゴルフ場の夏対策と山口組の弔問。この二つの事例は、組織が決定を硬直させて後戻りできなくしてしまうメカニズムと、その避け方を考えるヒントになる。
当メディアが繰り返し指摘している「判断を戻れなくする3つの正体」は、次のとおりだ。
- 人に役割と期待を固定したこと
- 契約や制度で責任を曖昧にしたこと
- 実態を把握しないまま進めたこと
ゴルフ場の事例が示しているのは、主に3番目への対処法だ。「夏はだめだ」という、十分な実態データのない固定観念(過去の経験則)に基づく決定を見直し、小さな実験で新しい「実態」を集め続けている。データが悪ければ、個別の施策をやめればいい。決定の可逆性は保たれている。
山口組の事例は、1番目と2番目について考えさせる。「除籍」という制度上の決定、つまり契約や制度による関係の形式的な断絶は確かにあった。それでも、個人の全人的な価値や過去のつながりまでは消し去らないという「余白」が、少なくとも非公式には存在した。極端な例ではあるが、一般企業でも「あの部署には二度と配属しない」「あの取引先とは絶対に仕事をしない」というように、人や組織同士の関係を、役割や過去の失敗に過度に縛りつけて、将来の可能性を自ら閉ざしてしまうケースは多い。
中小企業が明日から取り入れられる「戻れる」組織設計
では、これらのニュースから中小企業の経営者は何を学び、どう実践に移せるのか。具体的な判断の枠組みを示したい。
第一に、大きな「決定」を小さな「実験」の束に分解する。「新事業を始める」ではなく、「3ヶ月間、週1日だけ、既存スタッフ1名で市場調査をしてみる」から始める。ゴルフ場がミストシャワーという実験から始めたように、投資を最小限に抑え、評価期間と撤退条件を最初に決める。
第二に、人と役割の固定化にブレーキをかける。「あの人はあの仕事しかできない」「あの取引先とはあの案件以来うまくいっていない」。そうした認識は、往々にして経営者自身の思い込みだ。業務を定期的に組み直す機会を設け、人材の可能性を評価し直す。山口組の事例が示すように、役職や評価といった公式の制度とは別の次元に、人の能力や関係性は存在している。
第三に、「絶対にやらない」という決定のリストを作るのをやめる。代わりに、「現時点ではリスクが高すぎる」という観測のリストを作る。環境が変わり、自社のリソースが変われば、リストの項目は動く。決定を状況しだいで変わる相対的なものとして扱えば、硬直化は防げる。
評価期間と観測ポイントをセットで決める
最後に、新しい試みには必ず「評価期間」と「観測すべきポイント」をセットで定める習慣をつけてほしい。
たとえば新しいデジタルツールを導入するなら、こうなる。「3ヶ月間のトライアル期間を設け、その間の『業務効率化の時間(時間/週)』と『チームからの不満の声の数』を観測する。3ヶ月後、効率化された時間が週2時間未満か、重大な不満が3件以上あれば、契約を解除する」。これが「戻れる」判断の具体的な形だ。
猛暑のゴルフ場も、おそらく対策ごとに「この夏のシーズン中」という評価期間と、「利用者増」「熱中症ゼロ」「収益ライン」といった観測ポイントを置いているはずだ。
組織の変革も同じである。新しい役職を作るなら、「最初の四半期は仮の役職として試し、プロジェクトの進捗率とチームの承認速度を観測する。進捗が20%以下、または承認に平均3日以上かかるようなら、役職のあり方を見直す」。こうしておけば、固定されがちな役職という決定にも、可逆性のドアが残る。
まとめ:決定は終点ではなく、一時的な仮置きである
千葉のゴルフ場が教えてくれるのは、「夏は休む」という業界の常識でさえ、可逆的な実験によって書き換えられるということだ。山口組の出来事が示しているのは、組織の最も厳しい制度的決定でさえ、人間社会の文脈では完全に絶対的なものではないという現実である。
中小企業の経営では、とかく「決断力」や「覚悟」がもてはやされる。しかし不確実性の高い現代に本当に必要なのは、「決めてしまわない力」、つまり決定を終点ではなく、状況に応じて更新できる「一時的な仮置き」として扱う力ではないだろうか。
環境は常に変わる。猛暑も、社会情勢も、市場のニーズも。その変化を前に、過去の自分の決定に縛られて身動きが取れなくなることこそが、最大の経営リスクなのだ。「戻れる経営」とは、変化に対応するための柔軟性を、組織の設計そのものに組み込む思想である。あなたの次の判断を、今日から「実験」として設計してみてはいかがだろうか。