「通報者ファースト」が変える内部通報の設計

「通報者ファースト」の時代が到来

2026年12月、改正公益通報者保護法が施行されます。この改正の核心は「通報者ファースト」という考え方です。通報者を守る仕組みが、これまでより一段と強められました。

一方で、中小企業の経営者からはこんな声も聞こえてきます。「内部通報制度を作れと言われても、コストがかかる」「濫用的な通報(悪意のある内部告発)が増えるのでは?」「そもそも、ウチの会社に内部通報なんて必要なのか」。

どれも、もっともな疑問です。しかし、この改正を「やらされ感」で受け止めると、大きな機会を逃します。内部通報制度は、単なるコンプライアンスのツールではなく、組織の「見えないリスク」を可視化する経営装置として機能するからです。

本記事では、改正法の要点を整理したうえで、中小企業が「通報者ファースト」を実現しながら濫用的通報にも対応できる、実践的な設計を提案します。

改正法の3つのポイント

まず、改正公益通報者保護法の要点を押さえておきましょう。

1. 保護される通報者の拡大

従来の労働者・退職者・役員などに加えて、事業者から業務を受託するフリーランスも、保護される通報者に加わりました。通報の対象となる事実は、引き続き法律で定められた法令の違反行為ですが、刑法や食品衛生法をはじめ対象の法律は幅広く、自社に関係する違反の多くが内部通報の対象になりうると考えておくべきです。

2. 通報者の保護強化

通報を理由とした解雇や不利益取扱いはもともと禁止されていますが、今回の改正で、通報を理由とする解雇や懲戒に刑事罰が設けられました。さらに、正当な理由なく通報者を特定しようとする行為(通報者の探索)も禁止されます。通報内容を社内で共有する際に、通報者の所属部署や役職を伏せずに伝えるといった、通報者が特定されうる共有の仕方も避けなければなりません。

3. 事業者の義務化

常時使用する労働者が300人を超える事業者には、2022年6月施行の改正で、内部通報に対応する体制の整備がすでに義務づけられています。今回の改正では、通報対応を担う従事者を定める義務に違反した事業者への命令や罰則が設けられ、義務の実効性が強化されました。300人以下の中小企業は努力義務にとどまりますが、取引先から「内部通報制度の有無」を問われるケースが増えています。上場企業のサプライチェーン全体に波及する流れです。

これらの改正によって、「内部通報制度がない」という状態そのものがリスクになります。通報者が外部(行政やマスコミ)に直接通報すれば、事業者は対応の機会を失うからです。

「通報者ファースト」がなぜ中小企業に必要なのか

「うちの会社に内部通報なんて起きない」という経営者の方もいるでしょう。しかし、それは「通報する勇気のある社員がいない」だけかもしれません。

実際、私が支援したある製造業の中小企業では、内部通報によって次のような問題が発覚しました。

  • 品質管理データの改ざん(過去5年間)
  • 残業代未払い(管理職名目での固定残業代制度の悪用)
  • 下請け企業への不当な値引き要請

どれも、経営陣が「知らなかった」と驚く問題でした。一方の現場では、「言っても変わらない」と諦められていたのです。

内部通報制度は、経営者が「見たいけど見えていない」リスクを可視化する装置です。「通報者ファースト」の設計とは、通報者が安心して声を上げられる環境を作り、その結果として経営者のリスク管理能力を高めることです。

濫用的通報への対応:0か100かではなく「1〜99」で考える

「通報者ファースト」への懸念としてよく挙がるのが、濫用的通報(悪意のある内部告発、虚偽の通報)への対応です。改正法でも、「専ら不正の目的」による通報は保護対象外とされています。

ただ実務では、「専ら不正の目的」を立証するのが難しいケースが大半です。だからこそ大切なのは、濫用的通報を「ある・なし」の0/100で判断しないことです。

私の経験では、濫用的通報とされるものの多くは、人事評価への不満や同僚との人間関係のトラブルが背景にあります。通報内容が「虚偽」なのではなく、「主観的な解釈」であるケースです。こうしたケースには、次のような対応が有効です。

  • 事実確認のプロセスを標準化する:通報内容を「事実」と「意見」に分け、客観的な証拠(メール、録音、写真など)を求める
  • 通報者の意図を問わない:通報の背景に個人的な恨みがあっても、内容に事実が含まれていれば調査対象にする
  • 匿名性を確保する:通報者が特定されにくい仕組み(外部窓口の活用)で、報復リスクを減らす

最大のリスクは、濫用的通報を恐れるあまり、制度そのものを形骸化させてしまうことです。むしろ「濫用的通報が発生する可能性」をあらかじめ織り込んで設計することで、制度の実効性を高められます。

中小企業が今すぐできる内部通報制度の設計

改正法への対応として、中小企業がすぐに始められるアクションを3つ挙げます。

1. 外部窓口の活用

内部通報窓口を社内に置くと、コストと運用の負荷が課題になります。そこでおすすめなのが、弁護士事務所や社会保険労務士事務所が提供する外部窓口サービスの利用です。

比較的低い費用で利用できるサービスも増えています。外部窓口のメリットは、通報者の匿名性を確保しやすい点です。社内の人間が窓口を担当すると、どうしても「誰が通報したか」が推測されやすくなります。

2. 通報ルールの明確化

通報のルールを、就業規則やコンプライアンス規程に明記します。最低限、次の項目は盛り込みましょう。

  • 通報対象(法令違反行為など)
  • 通報方法(メール、電話、郵送など)
  • 通報者の保護(不利益取扱いの禁止)
  • 調査プロセス(調査期間、結果の通知)
  • 虚偽通報の取扱い(懲戒対象とする旨)

ポイントは、「通報者は保護される」という安心感を与えることです。あわせて虚偽通報が懲戒の対象になることを明示しておけば、濫用的通報を抑える効果も期待できます。

3. 経営トップのコミットメント

内部通報制度の成否は、経営トップがどれだけ本気で取り組むかにかかっています。トップ自らが「内部通報は会社を良くするための仕組みだ」と社内に発信し、実際に通報があった場合には迅速かつ誠実に対応することが重要です。

私が支援した企業では、社長自らが全社員向けに「内部通報制度の目的と使い方」を説明する動画を配信しました。その結果、制度導入後1年で5件の通報が寄せられ、うち3件が実際の法令違反の是正につながりました。

まとめ:内部通報を「成長のエンジン」に変える

改正公益通報者保護法は、中小企業にとって「面倒な規制」ではなく、組織のリスクを早期に発見し、健全な成長を支えるチャンスです。

「通報者ファースト」の設計とは、通報者を守ることで、結果的に経営者の意思決定の質を高めることを意味します。現場の声を聞く仕組みがない組織は、いずれ大きな事故に直面するでしょう。

外部窓口の導入、就業規則の見直し、トップメッセージの発信。どれも難しいことではありません。しかしその一歩が、あなたの会社を「見えないリスク」から守る最初の一歩になります。

内部通報制度を「飾り」で終わらせず、経営の「実装装置」として機能させる。そのために、今日から設計を見直してみませんか。