意思決定と組織 / ツールとシステム導入
AIは間違える。だから試行の数で勝負する――722本の数学原稿から考える
2026-10-18
AIを使ってみたら、明らかに間違った答えが返ってきた。そこで「やっぱりAIはまだ不完全だ」と結論を出してしまう。こうした話を、本当によく耳にします。
私は、これは大きな間違いだと考えています。AIのいちばんの価値は、一回で正解を出すことではなく、トライアンドエラーを高速で回してくれることにあるからです。
722本の数学原稿と、その一部の誤り
2026年10月6日、OpenAIは社内の新しいモデルが書いた数学の研究原稿を、まとめて722本公開しました。17の分野にまたがり、372のまとまりに整理された結果です。OpenAIの説明では、およそ4,000の問題をモデルに投げて出てきたものだといいます。
公開の翌日には、符号の誤りが見つかって3本が撤回され、ほかに14本が修正されました。主な結果のうち、Leanというソフトで一行ずつ形式的に検証されているのは約4割と報じられています。検証が付いていないものが間違いだと決まったわけではありませんが、人が確かめる必要がある段階です。
この出来事は「AIはすごい」とも「AIは危ない」とも読めます。ただ私は、大量に試し、確かめ、誤りを外し、直して進む、トライアンドエラーの姿そのものとして受け取りました。最初から完璧なものしか出さない方針なら、そもそもこの量は出てこなかったはずです。
一度の間違いで判断しない
AIが出した内容が間違っていたときに、すぐに「不完全だ」と断じてしまう。これが、私がいちばんもったいないと感じる使い方です。
人が何かを試すときは、準備して、作って、確かめて、直す、という一回ごとに時間がかかります。AIはその一回をとても軽くしてくれます。一回が軽くなれば試せる回数が増え、その中に当たりが混ざる確率も上がります。外れも増えますが、外れを嫌って回数を減らすと、当たりも一緒に減ってしまいます。一回目の外れは、AIが使えない証拠ではなく、次の一回に進むための材料です。
全部が正解でなくても、前に進む
私が実際に見てきたのは、機能改善をAIを使って行うケースです。社内の仕組みやツールの改善をAIで次々に試していくと、そのうちの一部は実際に現場で使われ、定着していきます。
全部が当たるわけではありません。作ったけれど使われなかったもの、少し試してやめたものもあります。それでいいのです。試作品として出し、使ってみて、残すか捨てるかを決める。捨てたものがあったから、残すものを選べた。トライアンドエラーの数を増やした分だけ、確実に前進します。
完璧主義と、期待に見合わない予算
うまくいかないケースでいちばん多いのは、完璧主義のままAIを使ってしまうことです。一回目から完成された答えを期待し、そうでなければ「使えない」と判断する。これでは、AIの強みである試行錯誤の速さが生きません。
社内でAIが今ひとつ使われていない会社を見ると、もう一つ共通点があります。期待値は高いのに、それに見合った予算を割いていないことです。少し触っただけで終わっている、試す回数がほとんどない、使う人が考える時間も確保されていない。AIのパフォーマンスを引き出さないまま、「思ったほどではなかった」と結論を出してしまうのです。
試す段階では外れを恐れずに数を出し、使う段階で業務に入れてよいかを確かめる。この二つを分けることが大切です。確かめることは、試行錯誤を止めるためではなく、回し続けるための一部です。
判断基準は「前に進めたか」
私の判断基準はシンプルです。トライアンドエラーをして、前に進められたかどうか。
正解が出たかどうかで見ると、外れが出るたびに失敗になってしまいます。前に進めたかで見れば、外れからでも前進はあります。この形は合わないと分かったなら、それは一歩前進です。逆に、うまくいったように見えても業務が何も変わっていなければ、前には進んでいません。
試行錯誤の量で勝負する
この回でいちばん伝えたいのは、トライアンドエラーを繰り返した量で勝負した方がいい、ということです。最後に残すものの質は、たくさん試した中から選ぶことで生まれます。AIが一回の試行を軽くしてくれた今、勝負の軸を「一回の正確さ」から「試した量」へ移した方がいいと考えています。
そのためには、試すための予算と時間を確保すること、外れを責めないこと、前に進んだかどうかで評価することが欠かせません。経営者がまず期待値と予算をそろえ、自分自身も一回の間違いでAIを判断しないこと。トップの言葉一つで、試行錯誤の量は大きく変わります。
明日からできること
一つ目は、AIで試す業務を一つ選び、試す回数を先に決めることです。決めた回数を試し終えるまでは、一回目の出来で判断しません。
二つ目は、試した結果を正解か不正解かではなく、「前に進んだか」で記録することです。定着したものがあったか、次に試すことが見えたか。この二つを短く書くだけで十分です。
三つ目は、AIに期待していることと、そのためにかけている予算と時間を並べて見直すことです。釣り合っていなければ、予算を足すか期待を小さくするかを選ぶ。そろえた上で数を試せば、AIが本当に役に立つかどうかが、ようやく正しく見えてきます。